終わらざる夏 (続)

【この記事の始まりは、 こちら です。】
 
やはり・・・
「思い出したくない!」って事だけの理由で捨て置けないです。
 
横道になるかも知れないが、連想した興味を綴っておく。
 
おおそうだ、その前に「占守島」の在り処を、だ。 赤い○印の中の矢印部分。
当時でも、ソ連カムチャッカ半島の目と鼻の先でした、遠いですね。
日本帝国が、このような領土保有になった経過は、別途お調べ下さいね。少なくとも・・・この頃は日本の領土だったのです。(日露戦争の成果だったようです。)
イメージ 1
 
 
【記憶に残る登場人物】
片岡直哉、妻 久子、子 譲 
 東京外語大卒で翻訳本の出版社に勤める。45歳。
 当時東洋一と言われた、同潤会江戸川アパートメントに住む。
 
菊池忠彦
 「岩手医専を出て、帝大の医学部に来た優秀な医師・・・」
 
富永熊男 鬼熊軍曹
 
吉江恒三 第五方面軍司令部(札幌)参謀 少佐
 
 第九十一師団(幌筵島占守島に隣接した島、地図では左側)
 
 戦車第十一聯隊(占守島
 
静代
 
アレクサンドル・ミハイロヴィチ・オルローフ ソ連軍砲兵隊小隊長 中尉
 
カムイ・ウン・クレ 神、我らを造りたもう。
 
 
イメージ 2
 
 
イメージ 3
その1 同潤会江戸川アパートメント
 
勤め先の飯田橋から近くです。
今はもう取り壊されて建替えられています。
立派で瀟洒なマンションになってました。
 
作者は、片岡直哉がここに居を構えていたと言う事にしている。何かのいわれがあるのだろうか
 
 
 
 
 
 
 
 
その2 今の京王線の終着駅は新宿三丁目辺りであった。
さっきからこの本のなかにあった、その記述部分を探すのだが・・・探し当てられない。
 
国鉄(JR)を跨ぐ手前で左に折れてしまった訳は、変電所に落雷だか何だかで送電能力の低下があり・・・この昇り勾配を上がれなかったから、だそうです。
 
色々と探し回ると、どうやら下の地図の赤印の所だったようだ。「四谷新宿」駅だったらしい。
 
イメージ 4
 
 
イメージ 5 イメージ 6 イメージ 7
 
かつては甲州街道の真ん中通って国鉄を跨ぎ、伊勢丹とかのある繁華街まで行っていたんですね。
今は地下で、都営新宿線に相互乗り入れしていますが、京王新線新宿駅」から先・・・都営「新宿三丁目駅」迄行くと、都営線の線路となるため、新たな運賃一区間分が課せられます。