「令和6年 能登半島地震」(気象庁命名)の記憶

『1日午後4時10分頃、石川県能登半島地方を震源とする地震があり、同県志賀町で震度7を観測し、新潟、富山県など広い範囲で激しい揺れに見舞われた。』(読売新聞1月3日朝刊より)

 

ジブンは、12月31日大晦日の夕方頃に熱が出てダウン。熱にうなされながら紅白を聞いていたかもしれない。ハッキリ覚えていないのだ。(こんな事は記憶に無いほど久しぶりのコト。)

明けて正月は、近所に住む娘と、今では社会人となって京都で働く孫娘がやってきたけどベッドの中から手を振っただけ。

夕方になると、枕元のスマホがやたら喧しい。
ボーッとした頭でスマホを取り上げると防災情報が頻繁に送られてきていた。(長男が金沢在住、次女が福井県在住なので、この地方の「防災情報」が届けられるように設定していた。)

 

2日の日は未だ調子の上がらない頭で能登地震のTV報道を・・・眺めていた。
・・・大変だなぁ。あっ、あそこも・・・酷いな、と、かつて走り回った能登の風景を観ていた。

 

能登半島の被害状況は日増しに大きくなって来たようだ。

 

2024年1月1日、(2日は休刊日)、1月3日

 

2024年1月4日〜5日

 

2024年1月6日

 

2024年1月7日〜8日

 

2024年1月9日〜10日

 

2024年1月11日〜12日

 

まだまだ大変だ。

能登人、頑張れ!!