尾張町の十文字

イメージ 2浅田次郎」のエッセイ集「ま、いっか」から担ぎだしました。まだ読了してませんけど)

ま、いっか!?

いつものボクの心根でもあります。





ここが・・・そこ、だそうです。「尾張町の十文字」

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この文庫本の「第二章 ふるさとと旅」二編目に「尾張町の十文字」と題されたエッセイがあります。

祖父や祖母は、銀座四丁目の交叉点を「尾張町の十文字」と呼んだ。
(文中から抜粋)

えっ!!??

石川県金沢市でも何年かを過ごしたジブン、「尾張町」と言えば・・・金沢とちゃうか!ってね。

尾張と言えば名古屋の事、織田信長豊臣秀吉の時代には番張ってました。石川県の金沢に前田利家が入城した時、名古屋者を引き連れて住まわせた場所が「尾張町」なんですね、ですので金沢の街中でも少し雰囲気が上等だった様な記憶です。

まぁ、江戸の時代に入って、徳川御三家の一つが尾張徳川でしたから・・・東京に「尾張」と付く町名があっても不思議じゃござんせんけどね。
 余談ですが、
 東京の「紀尾井町」は、紀州徳川、尾張徳川、井伊家の屋敷があった場所だそうですよ。


浅田次郎先生、こんな事を書いていた記憶があります。「浅田は嘘はつくが約束はまもる・・・」なので、検証しときました。

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ホントの様です。
長年(って・・・12年ほどですが)銀座に通ったけど、知らなかった。

今日のお昼はこの近く。晴海通りJRガード下 手打うどん・そば慶屋 でカレーうどん