松陰神社

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松下村塾」とかの関連、と言うか・・・延長線上ですね。
松下村塾(しょうかそんじゅく)
江戸時代末期(幕末)に長州藩士の吉田松陰が講義した私塾である。長州萩城下の松本村(現在の山口県萩市)に、松陰の叔父である玉木文之進が1842年(天保13年)に設立し、松陰も学んでいる。
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実は・・・
(何度も書いているか
 
福井県(=越前)出身のken-taくんは、薩長土肥が嫌いなんです。
彼らの気質が日本を世界大戦へと導いたと・・・かなりの確度で疑ってます。
 
でも、それはさて置き・・・
この神社に立ち寄る事が出来て、良かったです、ハイ。
 
 松陰の今月のお言葉だそうです。
バランスシートに書き込んだら・・・
どっちも±0って事ですね。
 
楽あれば苦あり、苦あれば・・・って事ですね。
働く階級を鼓舞するには適切&道理の言葉です。
 
薩長土肥(主に、我こそワ!って飛び跳ねた人達)はそんな感覚しか持ち合わせていませんでした。
バランスシートをプラス側にするには「略奪」しかないのです。
 
はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る
 
こんな実態に目をつぶっていた階級が支配していたのでしょう。