| (書きかけです。) |
先に読んだ、「月のしずく」の後書きで、
浅田次郎の代表作はこれだ!と力説されていたので・・・ブック・オフで(^^ゞ
| おお、結構なページ数だな。 |
| 辛気臭そうだし・・・喰い付き悪そうだから、時間が掛かるな、 |

| と、思いきや!! |
| え! |
| もうお仕舞い!? は!? 短編だったん?? |
| 映画化したのじゃ無かったっけ??? |
と言うのが最初の短編「鉄道員(ぽっぽや)」を読んでしまった直後の??と驚きと感動でした。
はぁ~!!
凄い小説ですね。
思わず、2回目は時系列と登場人物の色合いを伺いながら・・・
3回目はもう一度感動を徐々に高めながら読みました、ハイ。
3回目はもう一度感動を徐々に高めながら読みました、ハイ。
この文庫本の紹介文
日本中、150万人を感涙の渦に巻き込んだ空前のベストセラー作品集にあらたな「あとがき」を加えた。 第117回直木賞を受賞。
セルロイドのキューピー人形
カン・パイ・ランは、病気で死ぬがその病床で見知らぬ吾郎に手紙を書き続けていた、ラブレター。
このラブレターが、吾郎がパイ・ランを思い遣る流れが感涙を誘う。
このラブレターが、吾郎がパイ・ランを思い遣る流れが感涙を誘う。
骨箱に「高野白蘭」と書いて吾郎の故郷に帰ることを決めた・・・
悪魔
これは、よくわかんない。(※1)
これは、よくわかんない。(※1)
大きな屋敷に住むお坊っちゃま「僕」からの視点で物語が進む。
母と家庭教師、東大医学部生の蔭山が主に登場。
母と家庭教師、東大医学部生の蔭山が主に登場。
「僕」は、この家庭教師が死ぬほど嫌だった。
「僕」の家は没落して行った。
どうやら、家庭教師の蔭山と母がただならぬ仲になって行った様だ。
だから「僕」は蔭山は悪魔だと思っていた。
だから「僕」は蔭山は悪魔だと思っていた。
よく、わかんない。けど、気味悪さは残った。
恭一の「大左遷」の壮行会から物語りは始まる。
海外に旅立つ直前に父が現れた。!!
伽羅
20年前の事を回想している。
20年前の事を回想している。
ファッション・メーカー「サン・ドミニコ」の営業マン、私。
同じく競合相手のブロニューの営業マン、小谷。
ブティック「伽羅」の店主:立花 静
こんな一文がある・・・
『恐ろしいことを考えた。もしかしたらーーこの人はもう死んでいるのではないか。「伽羅」は幻の店なのではないか、と。』
ツボは、この辺なのかな? わからない。(※1) 情景はありありとわかるのだが・・・
『恐ろしいことを考えた。もしかしたらーーこの人はもう死んでいるのではないか。「伽羅」は幻の店なのではないか、と。』
ツボは、この辺なのかな? わからない。(※1) 情景はありありとわかるのだが・・・
どうやら、一度読んだだけでは駄目なようだ。でも、これはもう一度という気にはならなかった。
うらぼんえ
物心つかぬ頃に父母が離婚、祖父母に育てられた。
高校生のときに祖母が、大学3年の時に祖父が死んだ、
それがこの物語の中心「ちえ子」だ。
物心つかぬ頃に父母が離婚、祖父母に育てられた。
高校生のときに祖母が、大学3年の時に祖父が死んだ、
それがこの物語の中心「ちえ子」だ。
ちえ子の夫は、気の弱い外科医。その夫に女が出来、子供までできた。
子供を作らないことを理由に、親族一派が離縁を迫る。そして、迎え火が焚かれて・・・この家の祖父に代って、ちえ子の祖父がやってきた・・・
グッとくる展開だ。分りやすくていい。
そんな二人が、西陣で最後の映画館「オリオン座」の最終公演の招待状を受け取る。
オリオン座の老館主。
公演が終わって、東京にとって返す・・・か?
良枝・・・「なあ、祐ちゃん。うちどないしたらええのんやろ」
祐次・・・「やめや」
公演が終わって、東京にとって返す・・・か?
良枝・・・「なあ、祐ちゃん。うちどないしたらええのんやろ」
祐次・・・「やめや」
あとがきにかえて 「奇跡の一巻」(作者自身のあとがき)から
1994年からほぼ一年半をかけて長編「蒼穹の昴」を書き上げたあとの短編で、
「あなたに起こる、やさしい奇蹟」 この「奇蹟」をモチーフとした短編をあつめたそうです。
1994年からほぼ一年半をかけて長編「蒼穹の昴」を書き上げたあとの短編で、
「あなたに起こる、やさしい奇蹟」 この「奇蹟」をモチーフとした短編をあつめたそうです。
この本、これからの「人」に受けるだろうか?
何の問題も無く育った人が多くなった今、自分の「原体験」と掛け合わせて感じることの出来る人は少なくなったような気がしてます。
何の問題も無く育った人が多くなった今、自分の「原体験」と掛け合わせて感じることの出来る人は少なくなったような気がしてます。
でも・・・これがこれからも「受ける」社会もいいのかもデス。
(完)
※1 「わからない」のは雰囲気とか情景が判らないのではなく・・・ボクに何を判らせたいのかが見えないと言う意味です。